中学受験:第一次世界大戦を単純フローで分かりやすく

第一次世界大戦の流れが複雑すぎて苦労していませんか?

覚える事が山ほどある中学受験の歴史。特に明治時代以降の近代史は、複数の出来事がきっかけとなって新たな出来事が起こったり、複数の出来事が平行で起こって、次の出来事につながったり…とても複雑ですね。

ただでさえ複雑で理解しづらいのに…歴史のテキストや教科書は、それらが文章で書かれている事がほとんどです。文章以外で歴史の流れを表すのに良い表現方法はないでしょうか? 最適な表現方法は ”フロー図” でしょう d(^_^o)

今回はフロー図を使って、複雑な近代以降の日本の戦争史をわかりやすく真の意味で理解できる方法をご紹介します。本題に入る前に、フロー図で歴史を勉強する事の基本的な学習の仕方をご説明します。

参考リンク:第二次世界大戦を単純フローでわかりやすく

 
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日本の戦争史の学習の仕方

① 文章を単純化してフローにする

冒頭で述べたように歴史のテキストは、ほとんどの場合、流れがほぼ文章で書かれています… 流れを表現するのに文字は最適でしょうか? いいえ… 流れを表現するのに最も適している表現方法は”フロー図”でしょう d(^_^o)

フロー図というものを理解するために、身近な例で文章による表現と、フロー図による表現を比較してみましょう。身近?なラーメンの作り方を表現しているのですが、より素早く理解が深まるのはフロー図 ではないでしょうか?

1点だけ注意事項を。なぜ小学校の教科書がフロー図ではなく、文章で書かれているのか? 理由は分かりませんが、小学生にとって文章を読んで理解をするという行為そのものが学習目的になっているからかもしれません。

フロー図は分かりやすくて便利な表現方法ですが、はじめからフロー図をお子様に見せるのでは無く、文章を読み解いてフロー図に変換していく作業もお子様と一緒に実践 することをオススメします。世の中は文章で書かれた文献が主流ですからね_φ(・_・

 

② 同時に時代背景を抑える

歴史上の出来事が発生するには必ず原因がありますが、時代背景を抑えていないと正しく理解できない事例も多々あります。なぜ豊臣秀吉は太閤検地を行ったのか? なぜ徳川吉宗は目安箱を設置したのか? なぜ日清戦争が勃発したのか?

太閤検地が行われた時代背景…それは荘園が拡大し正しい年貢が不明になっていたという時代背景があり、目安箱には江戸幕府の財政難と飢饉による食糧難で幕府体制が揺らいでいたという時代背景があります。

そして今回のテーマである日清戦争が勃発した理由も、欧米の帝国主義の波がアジアにも押し寄せていたという時代背景を知っているとスンナリと頭に入ります。 時代背景を知ることは暗記の苦痛を軽減する効果もあります d(^_^o)

 

③ 単純化したフローに肉付けをする

フローを単純化しすぎると、ちょっと物足りない。でも… 全ての出来事をフロー図に取り入れると複雑すぎる…(-_-) フロー図にした意味がなくなってしまいます。そこでベースとなるフロー図は可能な限りシンプルなものにし、テーマごとに肉付けをしていきます。

 

戦争史を”単純フロー化”する

明治以降、日本は6回の戦争に参戦しています。こうやって単純なフローにしてみると… 前半の3回は10年ごとに参戦している事がわかります。後半の3回は2年ごと勃発していますが、1945年に一度に終戦を迎えていますd(^_^o)

 

この時代の時代背景

世界中みんな…帝国主義!

そして大切な時代背景ですが、この時代…工場の機械化が大幅に進んでいました。いわゆる”産業革命”というものです。そうなると、どの国も新たな資源の確保が必要になる。各国はどうしたかというと…”植民地”を求めて世界中が”帝国主義”に走りました

植民地とは、資源などを求めて武力などによって占領した領土のことで、アフリカやアジアなど有色人種の国がターゲットになりました。帝国主義とは、 植民地を求めてガンガン他の国を侵略し、領土を増やそうとする政策です。多くの国がこのような動きをしていました ∑(゚Д゚)

特に植民地を拡大したのがイギリス。そしてドイツやフランスやイタリアなどのヨーロッパ諸国。アメリカやロシアも…そして日本も帝国主義に走りました。つまり…領土の取り合いが世界中で起きていたというわけです。

 

帝国主義の流れから軍事同盟が乱立

領土の取り合いが発生している帝国主義だらけの世の中では何が起こるでしょうか? それは 軍事同盟 や 不可侵条約の乱立 です。例えばこのころ、日本はロシアの侵攻が怖かったので、イギリスと日英同盟を結んだりしています。

軍事同盟とは、お互いの領土が攻められたら助けあいましょうという約束。不可侵条約とは、お互いの領土には攻めないようにしようという約束です。日英同盟は日本とイギリスのどちらかが攻められたら助け合おうという約束です。

また、ヨーロッパではドイツの拡大を阻止しようとイギリスとフランスとロシアで結んだ同盟…それが三国協商(英仏露協商)です。こりゃまずい!とドイツが結んだ同盟がドイツとオーストリアとイタリアの三国同盟(独墺伊三国同盟)ですね_φ(・_・

これはほんの一部…当時は本当に軍事同盟だらけだったんです d(^_^o)

 

戦争史に”肉付け”をする

開戦のきっかけを肉付けする

それでは前半3つの戦争に肉付けをしてみましょう。まずは定番テーマである「開戦のきっかけ」です。

日清戦争のきっかけ

当時、日本と清(中国)は、それぞれの立場で、朝鮮を最重要視していました。清の立場としては…朝鮮は独立なんかせずに清の属国でいて欲しい! 朝鮮はずっと清の属国だったのでその状態を維持したかったのです(^_^;)

一方、日本の立場としては… 朝鮮には独立して近代化して欲しい! 日本にとっての脅威はロシアの侵略。侵略のルートとなる朝鮮が占領されては困るので近代化して軍事力をつけて欲しかったのですd(^_^o)

日本と清は完全に対立していますね(・_・;  そこで日本と清は ”お互い朝鮮に兵を送るのはやめましょう” という 天津条約 を結びます。それが1885年です。そして1894年、朝鮮の政治に不満を持った農民たちが内乱を起こします。

これが 甲午農民戦争 です。

この内乱を収めるために朝鮮は清に助けを求めました。それに応じた 清が朝鮮に出兵 します。これは天津条約の違反だとして日本も朝鮮に兵を出し、とうとう日本軍が清の艦隊を攻撃して日清戦争が開戦 するのです。

 

日露戦争のきっかけ

日清戦争に勝利した日本は朝鮮を独立させることに成功。さらに朝鮮のちょっと北にある 遼東(リャオトン)半島を手にします。これをよく思わないのは…もちろんロシアです。朝鮮や日本に侵攻して植民地化しようと思ってたのに、要となる半島を日本に取られちゃったのですから。

そしてロシアは日本に対して、強引な手段を繰り出します。なんとフランスとドイツを誘って、遼東半島を清に返すよう日本に要求するのです。これを 三国干渉 といいます。強大なロシア、フランス、ドイツには軍事力で勝てるわけがないので、日本は仕方なくこの要求に従います。

さぁ、日本国内ではどうなるか? ロシアと仲良くして妥協するか、戦争をも覚悟してロシアと対立するか…日本はロシアと戦う道を選びます。その為に日本が行ったのは、当時最も勢力を伸ばし世界最強と言われていたイギリスと同盟を組んだのです。それが 日英同盟 です

日本はさらに…アメリカに終戦の時の仲介役をあらかじめ頼んでおくという 本当に念入りな戦争準備を行いました。日英同盟という強力な軍事同盟とアメリカという頼りになる仲介役を得た日本は、とうとう ロシアに宣戦布告し日露戦争が始まる のです ∑(゚Д゚)

 

第一次世界大戦のきっかけ

最後は第一次世界大戦です。第一次世界大戦が勃発する1914年ごろ、世界中が植民地を ガンガン 増やそうとする帝国主義の世の中でした。 その結果、三国協商(英仏露協商) 三国同盟(独墺伊三国同盟) というヨーロッパの構図が出来上がっていました。

そんな中、サラエボというところでセルビア人の青年がオーストリアの皇太子を銃撃して暗殺するという事件が起きます。有名な サラエボ事件ですね。この事件に怒ったオーストリアはセルビアに宣戦布告して第一次世界大戦が始まります_φ(・_・

第一次世界大戦の開始には続きがあります。オーストリアと領土を取り合いしていたロシアがセルビア側につくと言って参戦してきます。ロシアが戦争を始めたら…三国協商があるのでイギリスとフランスがセルビア側として参戦しますね ∑(゚Д゚)

当然、オーストリアと三国同盟を結んでいるドイツはオーストリア側として参戦… 日本は日英同盟を結んでいたのでイギリスのいるセルビア側で参戦 します… ここまで来ると、もう止まりません(@_@)  最終的には何十カ国も巻き込む世界大戦になったのです。

 

戦後の講和条約を肉付けする

戦争とセットで覚えた方が良いと言われるのが講和条約です。講和条約とは、戦争をやめて平和な状態を回復するための当事者どうしの約束事のことです。つまり、戦争が終わったら必ず講和条約がある…だからセットで覚えた方が良いと言われているんです。

 

日清戦争の講和条約

日清戦争の講和条約は下関条約 です。山口県の下関市で結ばれたから “下関” 条約。条約はよく結ばれた地名がそのまま条約の名前になっていることが多いですね。日清戦争は日本が勝利したため、日本の要求が盛り込まれています。

まずは日本がどうしても達成したかった 朝鮮の独立 ですね。それに加えて朝鮮半島のちょっと上にある 遼東半島と台湾 を手に入れます。最後は賠償金ですね。この賠償金3億円ですが、当時の清の国家予算の2.5年分に相当します。

 

日露戦争の講和条約

日露戦争の講和条約はポーツマス条約 です。この条約はアメリカの仲介で成立した条約なのでアメリカのポーツマスという都市で行われました。だからポーツマス条約という名前になりました。日露戦争も日本が勝利したため日本の要求が盛り込まれています。

やっぱり朝鮮です。ここでは朝鮮の指導権を日本が獲得します。そして日清戦争後の三国干渉でロシアに取られてしまった遼東半島の南部の租借権、そして北海道の少し北にある樺太半島の南半分を手に入れます。そして何といってもこの条約で重要なのが南満州鉄道の権益獲得 です。

南満州鉄道とは、遼東半島を走っている鉄道です。この鉄道をロシアから日本が譲り受けたわけです。この遼東半島が、なぜそんなに大事なのか?まず軍事基地を置くための場所としてとても重要でした。満州や中国そして朝鮮にアクセスが良いですから _φ(・_・

そして当時、植民地には鉄道というものがとても大事でした。各地でとれた農作物や鉱物を運んだり、軍人を運んだり…。飛行機は運べる量がとても少ないですし、船は海の上しか動けない… だから、この時代は鉄道の重要度は想像以上に高かった のです!

 

第一次世界大戦の講和条約

第一次世界大戦の講和条約はベルサイユ条約です。注意したいのはこれはフランスやロシアなどの連合国とドイツの間の講和条約です。この条約に、戦争の発端となったセルビアは出てこないことに注意が必要です…パリのベルサイユ宮殿で調印されたのでベルサイユ条約です。

内容はドイツに対する、植民地の開放(ここでドイツは、ほぼ全ての植民地を失っています)、多額の賠償金、軍備の縮小でした。日本はというとドイツが権益を持っていた 山東半島(朝鮮半島のちょっと西にある半島)の権益 を引き継ぎましたd(^_^o)

 

 

まとめ

近代歴史は複雑なため教科書の文章を読み解くだけでも大変です。そこで今回は日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦をフロー図を使いながらご説明しました。この分野の理解がイマイチなお子様といっしょに読んでいただけると効果があるかと思いますd(^_^o)

ぜひ、お試しください!

参考リンク:第二次世界大戦を単純フローで分かりやすく

 

 

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