中学受験:明治維新と戦後改革…流れを知れば混同しない

2つの大改革をちゃんと区別できているかを問う問題が入試に出る!

明治時代以降の日本において、世の中がガラリと変わってしまうような大革命が2回ありました。1つは幕末に武士たちによって行われた明治維新… もう1つは、戦後にアメリカを中心とした連合国によって行われた戦後改革です。

この2つの改革…選択肢の問題で時代錯誤していないかを問われる問題がよく出ているようなんです。例えば、財閥解体…四民平等…地租改正…農地改革…こんなのが選択肢に散りばめられ、時代背景と異なるものを答えさせる。

ちなみに…財閥解体と農地改革は戦後改革、四民平等と地租改正は明治維新です d(^_^o)  うちの息子は見事に混乱してしまっていました(T_T) では…なぜ混乱するのでしょうか? 少なくとも息子の場合は…出来事を流れではなく単品で覚えていたから です。

歴史の勉強は流れを意識する事が大原則 です。物語として抑えれば混同する事はありませんd(^_^o)

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近代日本の2つの大改革とは?

ざっくり言うとこんな感じになる

1つ目の大改革は、時代が江戸から明治に変わる時に起こります。武士たちによる明治維新です。一言で表すと急激な近代化です。近代化とは “合理的になる事” です。憲法を作ったり、教育制度を整備したり、大規模な工場を作ったり…大きな変化がありました。

2つ目の大改革は、日本が戦争で負けた昭和時代です。アメリカを中心とした連合国による戦後改革です。一言で表すと急激な民主化です。民主化とは”人民が中心となる事”です。全員が平等、全員が政治に参加できるように大きな改革がありました d(^_^o)

実施された7つの改革

明治維新と戦後改革を眺めてみると7つの分野で改革が行われていることが分かります。7つの分野それぞれで歴史の流れがありますので、1つずつその流れをまとめてみたいと思います。7つの改革の一覧は以下の通りですd(^_^o)

専門家の方には怒られるかもしれませんが、厳密な分類ではなくて流れを重視した分類をしています。例えば大政奉還は軍事体制に直接関係しませんが、外国の脅威に対抗するための攘夷活動が根底にあるため軍事体制へ分類しています。

① 軍事体制の改革

② 政治体制の改革

③ 憲法の改革

④ 身分制度の改革

⑤ 土地制度の改革

⑥ 教育制度の改革

⑦ 経済の改革

時代の流れを意識すると分かる!

明治維新で起きた改革と、戦後改革で起きた改革を 単発で覚えていては覚える事はできません。歴史は流れです。流れを頭の片隅に入れておくだけで暗記に要する労力は驚くほど減ります!それでは、7つの改革を流れで見てみましょう。

① 軍事体制の改革

幕末にはアメリカから黒船がやってきて、幕末の武士たちは”このままだと日本は外国に占領されてしまう”という深刻な危機感にさらされます(@_@) 幕末の武士たちの判断は 藩ごとにバラバラだった軍事力をすべて中央に集める事 でした。

外国に負けないように…中央に力を集めるために!…。大政奉還・版籍奉還・廃藩置県が行われます。日本全国バラバラだった軍事力は中央政府に集まり “外国に占領されるのを防ごう(攘夷活動)” という方針の元に日本の権力は中央に集まります

第二次世界大戦で日本が敗北した後は、連合国軍によって徹底的に軍事力を放棄する方向に動きます。新しくできた日本国憲法では平和主義をうたって軍隊を持たないようになります。戦後改革の大きなポイントは日本軍の解散 など軍事力の解除となります。

② 政治体制の改革

江戸時代までは政治の実権を握るのは徳川家を中心とした武士のみでしたが、明治維新では近代的な選挙による議会により国民から政治を行う人を募るようになります。ただ…選挙に参加できたのはお金持ちだけ…いわゆる “制限”選挙 というものです。

戦後は…、民主化の名の元に、お金持ちだけ参加できる政治が全員参加できる政治に改革されます…いわゆる”普通”選挙です。政治体制の移り変わりはとっても自然です。江戸時代の徳川家による独裁政治から少しずつ民主化をしている流れとなります。

図にある赤い旗は、政治の主権を握っているという印です。江戸時代は実質は幕府が握り、明治維新後は、天皇が主権を握ります。戦後改革の後は、国民から選挙で選ばれて作られた議会が主権を握ります。一連の流れで見るととてもわかりやすくなります。

③ 憲法の改革

憲法については流れというよりは、大日本帝国憲法と日本国憲法の違いを3本の柱で比較するとわかりやすい です。主権はどうなったか?人権はどうなったか?戦争に対する考え方はどうなったか?を理解するだけで十分対応できます。

3つの柱(主権・人権・戦争)の部分以外で覚えるべき事は天皇の地位でしょう。大日本帝国憲法では天皇は神様のような存在でしたが、日本国憲法では天皇は人間として扱われ国民統合の象徴として定義されています。

④ 身分制度の改革

身分制度の変化も頻出する分野なので分かりやすいように図示してみました。誤解しがちなのは四民平等の”平等”の意味ですね(^_^) 平等と言いつつも、四民平等の後でも江戸時代の 公家と武士は華族や士族として特権階級を維持している事がポイントです。

戦後には日本国憲法の”法の下の平等”により華族も士族も廃止になって、ようやく全ての国民が平等になります。天皇については…どうか? 天皇は日本国憲法では国民統合の象徴として定義され国民とは区別されています d(^_^o)

⑤ 土地制度の改革

土地の制度は長い長い歴史があります。大宝律令ができた西暦700年頃はそもそも土地も人民も全て天皇のもの(公地公民) でした。それから土地を人民に紐づけて年貢(土地に応じた米)を収めさせる時代が続き、江戸時代まで年貢をコメで集める時代が続きました。

ところがコメは天候によって獲れる量が変動するため価値が安定しない!明治維新では、コメによる年貢の徴収をやめて地価に応じた貨幣での税徴収に変更 します。これが地租改正です。時代遅れな税金の制度を変更した近代化の営みのひとつですね。

そんな時代が長く続いた結果、土地をたくさん集めた土地持ち(自作農)と、土地持ちから土地を借りて農業をする人たち(小作農)で格差ができはじめました。戦後の改革では土地持ちの土地を政府が買い上げて小作農に分け与える事で、平等化をはかるという農地改革を行いました

⑥ 教育制度の改革

江戸時代にはそもそも幕府による養育制度がありませんでした。上流階級の武士の子供達は藩校という藩が設立した学校で学び、百姓や町人などの庶民は、お寺などが作った寺小屋で読みや書きやそろばんを学びました。

さて…、明治に入り近代的な国家を作りたかった政府は学制を発布します。これで全国に小学校が作られ、6歳以上の子供には必ず教育を受けさせる(義務教育) ようになります。ただ…教える内容は天皇につくし国を愛せという教育勅語をベースとしたものでした。

戦後は、今の教育制度と同じ6・3・3・4制が適用されます。小学校年…中学校年…高校年…大学年ですね。また、教育勅語の天皇中心の教育内容は是正され、民主主義を中心とした考えが教えられるようになります。教育基本法では民主主義思想を教える事を条文としてうたっているんです。

⑦ 経済の改革

最後は経済です。江戸時代の経済といえば全国各地の藩が中心となっていました。ところが…江戸時代末期に黒船が来てからは、外国に日本が占領されるかもしれないという危機感から”富国強兵 殖産興業”というスローガンを旗印に政府がすすんで経済対策をします。

その代表例は繊維工業の強化です。日本はもともと生糸の輸出を行っていましたが、それを強化するため富岡製糸場を政府が中心となって建設します。官営とは政府が運用するという意味です。当時は最先端の技術で建設されました。

これにより経済は発展の方向へ向きますが、当時の繊維工場で働いていた人たちは、1日に12時間働き 月あたりの休みはたった2日しか無いというかなり過酷なものとなっていきました。今でいうと…これはいわゆるブラック企業ですね(^_^;)

そこで、戦後は経済における格差を是正するために、労働関係の法律が整備されました。さらに… 巨大化してやたら力を持ってしまっていた財閥も解体をする方針となります。強すぎるものを規制するというのは民主化の基本方針ですね。

まとめ

明治維新と戦後改革。日本にとっては大きな改革ですが、いざ受験となると2つの改革が混同してしまう。この記事を書いたきっかけも私の息子が混同して問題を解けなかった事に起因します…(-_-;)

息子の話を聞いていると混同する原因はまさに流れを意識していない事であることが分かりました。そうであれば抑えるべき事項を流れで抑えるだけです。世の中の出来事には必ず原因があり、原因と流れを把握する事が大切 ですね。

今回の記事で掲載した画像は、全て流れを意識したものです。ぜひ、お子様と本記事の図を流れを意識しながら眺めていただけたら幸いです。“歴史は流れ!” ただ覚えるだけでは苦痛ですので、ストーリーで把握しましょう


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