中学受験:公地公民とは? 土地制度の流れを知れば理解が深まる

土地制度は単発で覚えてはいけない…流れを知ると良いことがいっぱいある!

先日…息子が受けた合格判定模試で「荘園の始まりと終りに関係の深い出来事はどれか?」という趣旨の問題が出ました。歴史の入試問題でよくある全体の流れを知っていないとできない類の問題ですね(-.-;) 息子はというと…見事正答!

この手の問題をしっかりと得点するためにはどうすればよいでしょうか?方法は1つしかないでしょう。単発ではなく流れで歴史を抑える事。歴史の問題では単発で物事を覚えるのはもったいない。気づいたらぜひ流れで把握しましょう!

参考リンク:歴史の成績を伸ばす3つの対策

 
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単発ではなく流れで抑える事の意味

まずは…公地公民とは?

まずは…公地公民を単発で解説するとこうなります。

大化の改新で始まった土地制度。すべての土地と人民は天皇のものであるという制度。

大化の改新前までは、天皇や豪族が土地や人民を所有して支配していたのですが、大化の改新ですべて国家のものとしました。理由はシンプルです。天皇を中心とした中央集権にしたかったからですね (^_^)b

単発で覚えても当時の時代背景や、大化の改新の狙いなどを把握する事は可能かと思いますが、冒頭で紹介したような入試問題は攻略することができません。公地公民は人民や政治にどんな影響を与え、この後どうなったのか? 流れで抑えていきましょう。

では…日本の土地制度とは?

まずは日本の土地制度の全体像をごらんください!

こうやって見ると… 公地公民制度は100年も立たずに崩壊してしまい荘園の時代がやってきます。そして荘園の時代が何百年も続くことになります。荘園の終わりは豊臣秀吉による太閤検地がきっかけとなることがよくわかりますね。

小学校で使っている歴史の教科書とは視点を変えたまとめ方です。小学校の歴史の教科書は時代ごとに章立てされているため、このようなまとめ方をするためには教科書を飛ばし読みしながらまとめていかなくてはなりませんが、このようなまとめには多くのメリットがあります。

流れで抑えると良い事がたくさん

歴史の教科書をテーマに沿って流れで抑えるとたくさんの良いことがあります。冒頭で紹介したような歴史の流れ(歴史の本質)を把握していないと解けない入試問題に対処できるのは言うまでもありませんが、他にも良い事がたくさんあります。

1)流れになっているので暗記しやすい!
2)流れになっているので順序性が把握できる!
3)時代背景までもがわかる!

単発のものをたくさん覚えるよりは、流れ(ストーリー)として学習した方が記憶への定着は高くなり、順序性も把握できます。そして時代背景までもが把握できます。農民の生活や税のとり方、戦後の改革までイメージで把握できますね(^o^)

日本の土地制度の流れ

それでは、日本の土地制度の流れを見ていきましょう。

公地公民

公地公民
すべての土地と人民は天皇のものであるという制度。

大化の改新前までは豪族や天皇が土地と人民を所有し支配していました。豪族が土地を所有すると天皇中心の政治体制を目指すには…ちょっと都合が悪いですね。各地域の豪族が土地と人民を治めると、各豪族が力を持ちやすい体制になりますから…。

そこで公地公民制にしたというわけです。ちなみにこのころから有力な豪族には天皇から高い地位を与えられ貴族と呼ばれるようになりました。

班田収授法〜墾田永年私財法

班田収授法 =
人民に口分田と呼ばれる土地を与える代わりに税を納めさせた。
口分田は死ぬと国へ返還させた。

天皇を中心とした中央集権国家を作るために、唐(今の中国)の律令制度にならって朝廷が人民に土地を与え…その代わりに税を収めさせる制度。それが班田収授法です。

ところが… 税が重い上に死んだら返さなくてはいけない土地…農民にとってはメリット無しです。田を捨てて逃亡する農民…荒れ果てる農地…。もっと意欲を持って農地を開墾し税をたっぷり納めてもらわねば!と制定したのが三世一身法です。

三世一身法 =
切り開いた農地は 三代までその土地を所有してよいとした

これで農民は農地をしっかりと切り開いてくれるはず…と思ったら効果は一時的なものでした。理由はシンプルです。期限が来たら土地を国に返さなくてはならない…やっぱり農民にとってメリット無しということです。

とうとう朝廷は、土地を永久に私有してよいとする墾田永年私財法を制定します。この時点で公地公民は…ほぼ形骸化してしまっていますね (^_^;)

墾田永年私財法=
切り開いた農地は 永久に自分のものにして良いとした

荘園の時代

さて…永久に土地の私有を認めたらどうなるでしょうか? あたりまえですが市場原理が働きます。もともと力を持っていた 貴族や寺社が…はりきって土地を開墾していきました。そりゃ永久に自分のものとなればやる気がでますよね(^_^;)

そうして出来上がった貴族や寺社の大きな農園(私有地)が荘園というわけです。

荘園
有力な貴族や寺社が持つ大きな農園(私有地)

さらには…10世紀には荘園はどんどん藤原氏などの有力な貴族に寄付されはじめました。えっ…なんで? 理由は税から逃れるためです。このころ貴族の土地には不輸の権といって納税しなくてよいという決まりがあったからなんです。現代でいうタックスヘイブンみたいなものでしょうか(^_^;)

ただし…名目上は貴族へ荘園を寄付。でも実際の管理や開墾は継続して実施していたそうです。

太閤検地

時代は飛んで豊臣秀吉による太閤検地の時代です。

太閤検地
土地の広さや取れる米の量、土地の所有者を徹底的に調査する政策

太閤検地によって荘園が崩壊したと教科書に書かれていますね。どうしてでしょうか? 太閤検地によって所有者をはっきりさせたからです。寄付された荘園は貴族のもの…ではなく実際に耕作をしている人になったのです。

こうして荘園をもっていた貴族や寺社の力は衰えていったのです。

地租改正

またまた時代は飛んで明治維新の時代に実施された地租改正です。

地租改正
地主は地価の3%を現金で納税するとした土地制度の改革

江戸時代までは年貢は米でしたね。米ですよ米…農業技術が発達して世の中にたくさん出回ると価値が下がり…不作だと全然集まらない…米はとにかく不安定だった!税収を安定させるために、土地の価格(地価)の3%を現金で収めるように改革しました。

ちなみに…このころ人民は土地を自由に売買できるようになりました。江戸時代までは公地公民は形骸化されていたものの、土地は国から借りているもので売買は禁止されていた。人民は土地に縛り付けられていたというのが実体でした。

農地改革

さて、最後は第二次世界大戦後に連合国軍や政府によって実施された戦後改革の時代です。

農地改革
政府が強制的に地主から農地を買い取り小作人に安く売り渡した土地制度の改革

農地改革が行われた背景は諸説ありますが… 農村の民主化が目的です。当時は地主が安く小作人を労働させ富を得ていました。地主と小作人の格差が激しかった。これらの格差を解消する(民主化)が農地改革の目的です。

農地改革の結果、自作農が増え農業生産も徐々に増えていきました…そして現在の日本は小規模な自作農の比率が多いというわけです。

まとめ

改めて土地制度の全体像を!

大宝律令の時代の公地公民が始まってから、戦後の農地改革までの土地制度の流れを追ってきました。歴史で出題される入試問題を着実に得点するためには、単発の知識だけではなくテーマごとに流れを把握する必要があります。しっかり抑えましょう!


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